神出病院集団虐待・暴行事件の土台にある4つの条件


この事件を覚えていらっしゃいますか?

みなさまは神出病院における患者への集団虐待・暴行事件について覚えていらっしゃいますか?

おととしから去年にかけて複数の男性看護師たちが、重度の精神疾患で入院する50代から70代の男性患者3人に対し、全裸で椅子に座らせ水をかけたり落下防止用の柵がついたベッドを逆さにして下に閉じ込めたりしたとして、準強制わいせつや監禁などの疑いで逮捕された事件です。

この事件の根深さは、事件が別件逮捕された容疑者のスマートフォンから虐待行為の動画が見つかったことで発覚したことです。つまり、別件逮捕がなければ、この事件は未だに表に出てこなかったということになります。
監禁だけでなく準強制わいせつ罪なのは、患者同士の性的行為の強要があったからです。また虐待動画が一本だけではなく数十本あったということは夜間の病院内で犯罪行為が常態化していたことを意味します。

「ひどい」と「ありうる」という感想

この事件を知ったときに「ひどい」という感情とともに、残念ですが「ありうる」とも感じました。

「閉鎖的な環境」・「ストレスの多い仕事」・「上司の無関心」・「仲間も注意しない」・「好き放題」・「頑張っても感謝されない」・「相手は反論できない」のような悪条件がそろえば、自分だって事件を起こす可能性はあるという感覚もわきました。なぜなら、かつての自分の人権意識の脆弱さを今も十分自覚しているからです。

「学級王国」は注意を受けない閉鎖環境

今はもうそんな問題教員はいませんが、昔の特別支援の現場で「生徒で」遊ぶ教員を見たことがあります。「生徒と」遊ぶのではありません。「生徒で」遊ぶのです。子どもの障害特性による反応が面白くて、ふざけ半分でからかって楽しむのです。

こういう教員は自分のストレスを物言わぬ子どもで発散していたのでしょうか。もちろんその行為は許されません。けれども、その愚かな行為をまわりが誰も注意しなかったという事実もまた根深い問題だったと今は思います。

また昔、ある偏食指導で、泣いて嫌がる子どもの口に無理に食べ物を入れる教員がいました。「子どものわがままに屈しない熱心な指導」「偏食指導はその子の将来のため」だそうです。何もわからなかった新人時代には偏食指導にはこういうやり方もあるのだと思ってしまったこともありました。

ある日、この指導を見た保護者が、「我が子へのあの指導は親として見ていてつらい」と管理職に伝えられました。学校は保護者に深く謝罪し、その後行き過ぎた偏食指導はもちろん、子どもを尊重した声かけや言葉遣いなどいろいろな見直しがあり、職場の子どもへの人権意識は大きく向上しました。管理職の影響力が大きく、すぐに子どものために動いて下さる方であったからでした。

このように、教室という密室になる空間では、注意監督する人がいなければ、大人である教師がまだ子どもである生徒を支配することは十分可能です。だからこの事件を知ったとき、昔のあの日の教室の風景と重なる部分を感じました。

 

こころを蝕む職場の4条件

①「注意する人も褒めてくれる人もいない閉鎖的な環境」(密室)
②「被害者が被害をうまくことばで表現できない」(加害者優位)
③「人手不足で精神的に追い詰められやすい環境」(慢性的なイライラ)
④「自分の仕事が社会から忘れ去られている」(世間からの隔離)

この4条件を抱えてこころを健康に保って働き続けることは実はなかなか難しいことかもしれません。神出病院の事件はこれらの条件を兼ね備えてしまっています。この職場環境の改善抜きに改革は語れないと思います。構造的に抱えがちな職場風土を踏まえた上で、今後の虐待防止の環境整備を考えていかねばなりません。

①の「注意する人はもちろん褒めてくれる人もいない閉鎖的な環境」(密室)の改善方法としては、上司や組織の上層部が日々の現場スタッフの頑張りを把握し、まめにねぎらうことが改革のスタートでしょう。現場スタッフに声をかけたり励ましたり、日ごろの感謝を伝えたりするだけでも、職場の雰囲気というものは大きく変わります。もちろん人権侵害に関しての厳重注意は上司として当然の責務ですから厳しさも必要です。

スタッフがその注意を素直に聞いてすぐに改善しようと努力できるのは、「ちゃんと仕事ぶりを見てもらえている」「働きを認められている」と日頃から思えているからです。組織の風通しの良さやコミュニケーションの積み重ねは虐待抑止の土台であることを組織のトップにいる方々は今以上に意識すべきでしょう。

今回の事件では立場が上の人が虐待を全く知らなかったということですから、いかに普段のコミュニケーションが希薄であったか推測されます。

人は環境の影響を大きく受ける

く環境を整えることは、そこで働く人のメンタルヘルスを保つうえでとても大切です。人は環境の影響を強く受けます。どんな人でも自分が思っているほどいい人ではない。ましてや聖人君子にはなれないし強くもない存在です。

今回の事件から今後の虐待防止策を考えるならば、そこで働く人が自分も大切にされていることを実感できる職場環境、風通しの良いコミュニケーション、そして監督する立場にある人の人権意識の高さ、利用者に対する人権侵害について躊躇しない厳しい指導力、これらが人が人を大切にする職場作りへの大きな一歩になると信じます。

投稿者プロフィール

大隅順子
大隅順子
特別支援学校教諭・臨床心理士・公認心理師
宝塚発達心理ラボ代表 
https://www.takarazuka-lab.org/

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