先日の明け方、夢に紀子ちゃんが出てきた。

顔はそのままで身体がものすごくちっこくなっていた。
どうした紀子!

いや、「かりんちゃん、原稿まだ?」と言われたような。

秋ごろ「死ぬ死ぬ詐欺に憧れて特別編(2)」公開、
としていたが
仕事にかまけて気が付けば大晦日

ゴメン!紀子ちゃん、しまちん


さて。

「ネタ」なしで紀子ちゃんの事は語れまい。

紀子ちゃん曰く「ネタ」とは、

「人生で最悪!っていうような悲しいことも嫌なことも、
全部話してその場にいる人と共有し、笑いに変えて楽しむ」もの。

ついでにいうと、悲しいことと嫌なことだけでなく、
「恥ずかしいこと」もである。

セーターを後ろ前反対に着ていたり、
銀行に行って違う人の自転車で帰ってきたり。

常にオープンで、そんなことまで言う?というような感じ。

彼女のネタは枚挙に暇がない。

大丈夫なふりをしたり、カッコつけて隠したりすことなく、
みんなで共有して笑い飛ばしてしまう。
そうやって分かち合うことで自分のなかに
毒素を溜め込まずに少しは楽に生きられる。

年輩のメンバーから
「あなたが全部喋っちゃうから、
自分も喋っていいんだって思えた。
悲しいことだって、みんなで共有していいんだって初めて思えたのよ」
って言ってもらって。

私はただ喋っているだけだけど、
そう思ってくれる人がいるのが嬉しいなって。

(取材記事より)


Mazecoze
研究所

20年続くコミュニティの秘訣! 細く長くゆるゆると包摂する場井戸端手話の会

https://mazecoze.jp/angle/12855/

この「井戸端手話の会」で彼女はいつも中心にいた。

時々お茶会と称し、お菓子や旅先でのお土産などを持ち寄ることもあった。

紀子ちゃんはよく得意のシフォンケーキを作ってきてくれた。

彼女のシフォンケーキはふわふわでめちゃくちゃ美味しいのだ。

世界一美味しい。

ある時、彼女がちょっと遅れてきた。

井戸端手話会議が盛り上がっている中、ドアを開け

「手ぶらでごめんね~!」と入ってきた。

しかし「手ぶら」の手話表現が分からなかった
彼女はとっさに両手を胸にあてて「手ブラ」をした。

その状態で着席し、「手ぶらでごめんね~!」である。

オヤジギャグの手話版というのか。

彼女はそんな才能をもっている。

一瞬の間があったのち、爆笑の渦となり、
「手ブラ」ネタは彼女のテッパンとなった。

井戸端手話の会は今も続いている。

葬儀の2日後の井戸端手話の会の日のこと

彼女の娘ちゃんが「参加したい」といってくれて

ものすごくうれしかった。

娘ちゃんには知的障害があり、
これまでも紀子ちゃんに連れられて参加することは時々あった。

しかし今回は、自らの意志で参加したいという。

ご主人も、「うちのリビングでどうぞー!」とオープンだ。

新たなつながりが生まれた気がする。

どういう流れだったか、ベリーダンスをやっているメンバーが、
娘ちゃんにベリーダンスを教え始めた。
文字通り手取り足取りである。

紀子のリビングでベリーダンスレッスン
くねくね踊る娘ちゃん。パパびっくり

以降、月に2回程は紀子ちゃんの家のリビングで開催している。

ご主人は別の部屋でテレワークをしているときもあれば、出勤しているときもある。

オープンなのは紀子ちゃんだけでなく、家族もまたそうなのだ。天晴れ。

 

みんなで出かけるときには彼女の写真を持っていく。

テーブルに置かれ、イカ墨のパエリアにうもれそうになったり

カラオケのモニターの上に置かれたり、池におっこちそうになったり

犬にかまれそうにもなってと、あちこち連れまわされている。
おちおち休む間もないのではないか。
逆に、私たちの日常で、クロアゲハとなったり、満月となったり
様々に形を変えて近くにいる、と感じることもある。 

特筆すべきは、ご主人が紀子ちゃんのレシピで
シフォンケーキをつくり始めたことだろう。

井戸端手話の会開催日、
テーブルにシフォンケーキがあって驚いた。

最初は、ふくらまない、空洞ができるなどうまくいかなかったようだが

「調理は化学と物理」だと言い、

ふくらまない、底が空洞になってしまう理由を化学と物理で考える。

職人気質で凝り性のご主人、その後もたびたびチャレンジし続けた。

なんと中華風のシフォンケーキができたこともある。

紀子のレシピでは「太白ごま油」を使うようだが

この太白ごま油を、普通の「ごま油」と勘違いして別物が完成したという。

これはこれでごま油の風味が絶妙で美味しく、
中華蒸しパンのマーラーカオみたいだった。

井戸端メンバーたちは

「やらかしパパからうまれたごま油シフォンケーキ」という名前まで付けた。

かの有名な「タルトタタン」も失敗から生まれたケーキだ。

ごま油シフォン、後世まで語り継がれるかもしれない。

しかし、何しろ職人気質の凝り性ご主人。
DIY
なんかもお茶の子さいさいなのでそもそも手先も器用なのだ。
すぐに買い物に行って二つ目のシフォンケーキを焼き始めたという。


「紀子のシフォンケーキには遠くおよびません。でも伸びしろは大きい!」と

チャレンジを繰り返し、ついに完成した。

それは正真正銘の完成品であった。

ふんわりきめ細やかでエアリーな食感に卵の香り、
甘さ控えめで美味しいシフォンケーキ。
化学と物理という根拠に基づいた調理は間違いがない。

これはもしかして本家を超えてしまうのではなかろうか。

いやいや、しっかり受け継がれている紀子スピリット。

私たちは名前を付けた。

「シフォン・ヨンテ」。

その後、井戸端手話のメンバーもシフォンケーキを作り始めた。

こうして私たちは今もなおネタを量産しつつ、つながっている。

 

閑話休題。

写真の整理をしていたら、
紀子ちゃんがまだ元気な時のおでかけ写真がでてきた。

テーマが「歓喜」だったため、両手を胸の前で上下に交互に動かす
「よろこぶ、嬉しい、楽しい」という意味の手話で撮影した写真だ。


よく見ると、彼女だけどう見ても「手ブラ」になっていることに気付いてしまった。

それで思い出した。

紀子ちゃんの葬儀後、彼女の家にお邪魔したときのことを。

彼女の遺影を決めるときの候補写真をご主人が見せてくれた。

最終的に決まったのは、髪の毛を一つにまとめてナチュラルで最高の笑顔の写真だ。

遺影だから顔のアップだが、

元になった写真をご主人から受け取り思わず吹いた。

椅子に座っていたら転げ落ちてたかもしれない。

遺影の写真で吹き出すなんて不謹慎だが爆笑が止まらなかった。

最高の笑顔のアップから、ぐんと引いて上半身が映っているその写真は、
あろうことかまさかの手ブラポーズ。


二人で訪れた美術館にたまたまそのようなオブジェがあり、
真似をした写真なのだという。

しめやかなお葬式の祭壇で、爽やかな笑顔でこちらを見ていた紀子は

実は手ブラでこちらを見ていたのだ。

でもそれは、相手がご主人だからこそ見せられる安心と幸福感とユーモアが伝わる笑顔。

遺影の元がまさかの手ブラポーズの写真。

これにはやられた。

M-1目指してくれまいか。

こんなんだから、まだ締められない。