障害者からチャレンジドへ

22歳の時、私は脳出血で倒れ、身体に障害が遺り、
the challenged(以下、「チャレンジド」と表記)として
第二の人生を歩むことに。
チャレンジドという言葉には、
とてもポジティブな意味が込められています。

賛否両論あるかと思いますが、
私は賛同し、積極的に使っています。

※ (挑戦という使命や課題、挑戦するチャンスや資格を与えられた人)」
を語源とするチャレンジドには、障害
をマイナスとのみ捉えず、
障害を持つゆえに体験する様々な事象を自分自身、社会のためポジティブに生かして行こう、
という想いが込められています。

なお、私は自身の全ての情報発信において、「障害」と表記しています。
気分を悪くされる方が中にはいらっしゃるかもしれませんが、
法律には障害と表記されていますし、使う人の意図に悪意があるのか、
が本質であり、「害」か「がい」かにこだわるのは、
些細な言葉狩りのようなものだと一人の障害当事者として思っています。

さて、チャレンジドを応援する竹中ナミさん
(ご本人の希望により、私も含め、親しみを込めて“
ナミねぇ”と皆さん呼んでいます)

とご縁を頂き、私は自身を障害者でなく、
前向きに「チャレンジド」と捉えるようになりました。

ナミねぇが立ち上げ、四半世紀に渡り活動してきた
社会福祉法人
プロップ・ステーションが、中心になって、
アメリカ生まれの「チャレンジド」という言葉を日本で提唱しています。

バリアフリーチャレンジ!について

私自身この発想でチャレンジドである自分だからこそできることにより、

暮らしやすい世の中を実現するべくバリアフリーチャレジ!

という旗を掲げ、2014年から情報発信活動を継続しています。

by the challengedを体現するための活動です。

具体的には、自分自身の経験や種類の異なる障害のあるチャレンジド本人、
その関係者に取材。
チャレンジドの思いを発信してきました。

自分だけでなく、他のチャレンジド関係者による情報発信という点で、

by the challengedということをより強く意識してきました。

また、講演活動やチャレンジドをゲストに招いての主催イベントを実施。

障害の有無に関わらず、様々な人に対面の場で
障害について知って頂くように努めてきました。

この活動に触れたチャレンジドが様々な事例を知り、
情報を得ることで、
チャレンジド自身の新たな行動に繋がっていけば、
と願っています。

これまで私が発信してきたこと、

そして新たな情報を追加していくことで
活動を育て、
より多くの人に知って頂けるようにしていきます。

バリアフリーチャレンジ!」を継続できているのは、

チャレンジドである私のために応援してくださっている皆様の

ご厚意があるからです。

誠にありがとうございます!

orからbyへ

活動によりチャレンジドである私が他のチャレンジドを応援する。

「障害があるから」という言い訳ではなく、

現実問題として、障害の種類や程度によりできることできないことは

あるし、そこには差異もあります。

この差異は障害がない人の間にもあります。

しかし、全ての人が存在を尊重され、

最大限その人らしく生きられる世の中を

チャレンジドの視点を活かし、チャレンジドも主体になり、
「by the challenged」で実現したい!

それは障害のない人にとっても暮らしやすい世の中のはずです。

前述のご縁を頂いた、私にとっての活動における師、

ナミねぇが国会で意見陳述された内容に影響を受けました。

その模様を紹介させて頂きます。

お手すきにご覧頂けますとうれしいです。