どんな状態であれ、「その人がその人であれば大丈夫」という社会であればいい
インタビュー実施日 :2017年4月15日
多方面に渡り精力的に活動されている大隅さん。
ご職業である特別支援教育を中核として、
卒業後の生徒に関わる活動、
また、臨床心理士としてのスキルを活かした地域での活動と
活躍の場を拡げていらっしゃいます。
特別支援教育の現場
現在、特別支援学校の教員でいらっしゃる大隅さんは
まだ「発達障害」という存在そのものが
社会的に知られていなかった時代から
高等学校の教育相談担当として高校生たちと向き合い、
実践を重ねてこられました。
―まず、大隅さんのキャリアについてお伺いします。
現在特別支援学校で教員をされていますが、
その前は、普通校の高校教師をされていた
んですよね?
(大隅)
はい。
―現在、本校のある学校の分教室にいらっしゃる
とのことですが、普通校とは仕組みが
結構違うのでしょうか?
(大隅)
私は高校が長くて、その敷地内にある支援学校
ということで特に違和感はないです。
―そういう形はどこにでも結構あるものなんですか?
(大隅)
ないです。
先進的な取り組みだと思います。
設置されているその高校も知っているし、
本校も知っているので、
両方知っているという強みがあります。
―へぇ~。
普通校の中に支援学校の教室
があるのは先進的ということですか?
(大隅)
はい。
日常的に交流できるのは強みですね。
―そうなんですね。
特別支援学校というのは、
幼稚園からあるんですか?
(大隅)
いえ、小学部から高等部までです。
―今、受け持たれているのは?
(大隅)
高等部の3年生で主任を務めています。
―以前、普通校の特別支援学級で
指導された経験のある方に
お話を伺ったことがあります。
その際、普通校には普通校の良さがあるし、
特別支援学校には手厚いという良さがある
というお話がありました。
大隅さんは両方の経験があるので
その辺のことを熟知されているかと思います。
それぞれの違いと特別支援教育の特徴
を教えて頂けますか?
(大隅)
地域の特別支援学級の先生は、
その専門性や経験にばらつきが出ることがあります。
支援学校は多様化講師として、
専門家が多く来校されます。
また、先輩方の指導や研修も手厚いです。
その点は保証されています。
他方で、一般校の場合、
地域に顔を知ってもらえます。
支援学校の場合、学校と自宅が離れていると、
卒業した後、
地域の子どもと交流のなかった期間
が生じるので、地域に戻った時
の厳しさはあります。
一番いいのは、
地域の全ての学校に特別支援教育の視点があり、
どの先生が担当になっても、
学校全体で特別支援教育ができることです。
そうなれば、安心して
子供を地域で育てられるかな。
―クラスに特別支援教育の知識のある先生もいて、
ダブルティーチャー的な形を採る
というのは、現実的ではありませんか?
(大隅)
副担任ということ?
特別支援教育の知識のある先生との
チームティーチングもいいと思いますが、
サブの先生にどう動いてもらうかを
きちんと考えるには、
高いスキルを要するので、実は難しいです。
大隅さんのお人柄
ここからは、お人柄がよく分かる
臨床心理士の資格を取得し、そのスキルを活かして
動いていこうと思われた経緯について。
―大隅さんは、臨床心理士の資格をお持ちです。
取得の経緯を教えて頂けますか?
(大隅)
生徒や同僚が亡くなるということがあって、
何もできなかったので、何か一言あれば違ったのに、
という思いからです。
―・・・。
その亡くなった方達は、
スクールカウンセラー等周りの方に相談されていたんですか?
(大隅)
いえ、していないと思います。
一人で悩み、一人で逝ってしまったと思います。
―臨床心理士のスキルがあれば、
力になれたのではないか、
という思いがあったのでしょうか?
(大隅)
スクールカウンセラーをするには、
臨床心理士の資格が必要です。
最低限そのレベルの勉強をして、
相談があった時に、
的確に動けていれば違っていたかも
しれないと。
―当時無力感があった中で、
相談に乗れるように臨床心理士の資格取得
を通じて知識・スキルを習得することが
有効だと考えられた訳ですよね。
(大隅)
勉強はしていたのですけれど、
体系的にはしていませんでした。
今までの勉強がキチンと一本になるように
という過程での資格取得でした。
「目の前にいる子供に
また過去のような事が起こらないように」
と考えた時に思いつきました。
―教員としての個人的な思いが
動機だったんですね。
(大隅)
スクールカウンセラーは週に1回でしたから。
常勤の教員の中に同等の知識を持った人が
一人でもいれば違ったのにと思ったのです。
―特別支援教育の話に戻ります。
少し漠然とした質問ですけど、
今携わっていて、特に感じていること
は何かありますか?
(大隅)
社会的に受け入れてもらえる
ようになったと感じます。
―社会の理解が進んできた?
(大隅)
はい、もう全く違います。
―特別支援学校では、
一人の生徒につく
人の数が多いと聞いたことがあります。
そういう面でサポートが手厚い
という理解で合っていますか?
(大隅)
昔に比べると、
担当する子供の人数が
少なくなっているという事情もあり、
改善されています。
何よりも私の新人時代と比較すると、
社会全体の空気が違います。
―そこは具体的にどのように変わったのでしょうか?
(大隅)
昔は、行政も(特別支援教育に)
そんなに力を入れている感じがなかったです。
特別支援教育は是非行きたいという人が
いなかった領域だったかな。
でも、今は「是非行きたい」
という若い人がたくさんいて、
そのために大学で資格取得して、
入って来るようになりました。
―へぇ。それは大きな変化ですね。
良質な働き手が増えていますか?
(大隅)
はい。
消去法で選ばれていたのが、
積極的に来るようになりましたから。
若い人はとてもやる気があって、
優秀だと思います。
―何か仕事の魅力が
発信されるようになったんでしょうか?
(大隅)
はい、そう思います。
宝塚発達心理ラボ
―では、プライベートでのご活動について伺います。
まず、「宝塚発達心理ラボ」について。
「宝塚発達心理ラボ」の名前の由来を質問したのですが、
特にないとの回答に、同じく活動をしている者として、
何かあるはずと深掘りしてみました。
すると、地域支援の活動なので、
「宝塚」は入れたかった。
臨床心理というより、発達のことも、
心理のことも更に、障害に限らず、
人の成長についてもやっているという感じで
「発達」という言葉がありました。
近場で気軽に相談できる場があることは大切
―「地域支援」という言葉が出ました。
また、活動の名称に「宝塚」が入っています。
更に、ペンネームで「宝塚ラボ子」と名乗っていらっしゃいます。
「宝塚」を入れるのは
地域を重視されているからですよね?
(大隅)
そうですね。
相談しようと思ったら、
大阪か神戸に出ないといけませんでした。
地域の中で気軽に行けるところがあったらいいな、
と思って。
―大阪か神戸だと遠いから嫌だ
というだけの話ではないと思います。
近い地域に相談できる場があったらいい
と思われた理由は何ですか?
(大隅)
あったらいいなと私が思ったから。
―いや、それがなぜかということです(苦笑)。
(大隅)
「ちょっと聞きたいな」
という時に時間をかけて行くより、
ふらっと行ける距離感で。
勉強会等で大阪や神戸に私は出かけています。
もっと近くであったらいいのに、
というのがありました。
―「距離的な近さ」を重視されていると。
近くで相談できるようにということは、
大隅さん自身、相談したいと
思った経験があるんでしょうか?
(大隅)
家族のことで相談したかった時に、
相談するところがなくて。
結局、友達や知り合いの心理士さんが
支えてくれました。
私は立場上そういう知り合いが多かったけど…。
―そういう知り合いがいない人達の
受け皿になりたい?
(大隅)
はい。
心療内科に行かないといけないとか、
そこまでではなくて、
少し聞きたい時に聞ける場所ってないですから。
―そうなんですね。
どういうメンバーで活動されているのでしょうか?
(大隅)
地域で働いている
賛同してくれた臨床心理士さん達です。
―地域で働いているというのは
どういう場ですか?
(大隅)
スクールカウンセラー、
民間のカウンセリング施設、大学等です。
仕事としては特にしていないメンバーもいます。
―何人くらいで?
(大隅)
登録してくれているのは10人くらいです。
(注:インタビュー当時。現在は12名)
―臨床心理士有資格者が
10人いるというのは、
層が厚いですね。
(大隅)
はい。でも、全員がいつも
動けるわけではありません。
宝塚発達心理ラボは任意団体で、
大隅さんが代表として活動されています。
活動として月1回学習会を開催。
その中で、「大人のひきこもり女子会」
というのをされています。
なぜこのような活動に力を入れているのか。
(大隅)
18歳で学校を卒業するまで
不登校については凄く手厚い支援がある一方、
卒業した後は、家族で見る流れになってしまいます。
結局、家族が抱え込んで、
ひきこもりの高齢化が進んでいる
実態があります。
親が退職して、年金暮らしの
家に子供がいるという方が
増えてきている。
でも、行政は39歳で支援を切っています。
その後は何もなくて、
国の出している統計もどこまで正しいか
不透明なところがあります。
中でも女性は、数としては表面化していませんが、
たくさんいらっしゃる。
色んな集いや学習会は、
圧倒的に男性を対象にしていて、
女性はなかなか続かない。
といいうことで、
そこに絞ってのお喋り会。
―女性限定で?
(大隅)
そうです。
なおかつ、中高生は入れず、大人のみです。
―入れないということですから、
仮に男性が参加したいと言ってきてもダメ?
(大隅)
男性には他にそういう場がたくさんあります。
女性だけだから安心して自分を出せる
という人がたくさんいるので
そこは大切にしたいと思っています。
特別支援教育を中心に拡がる大隅さんの活動
更に多岐に渡る活動のお話と
ご職業の特別支援教育の課題などについて。
見過ごされがちなひきこもり女性の
支援についてお話頂きました。
支援が行き届いていないところで
活動をやっていきたいと言う明確な意図が
当初からあったのか。
1年いろいろ動いてみて、
家族会は市内に既にいくつかある。
伝統もあるから、
家族はそちらに行けばいい。
男性中心の場も数多くある。
その中で、女性については、UX会議というところが女子会を始めて、
凄くニーズがあると判明。そこの林恭子さん※と親しくなって、
関西でも立ち上げてみようかなという話になり、色々アドバイスを頂きながら進めた。
※ニューヨークタイムスにも掲載された実績がある、実名でひきこもりが語れる珍しい方。
ということで、結果としてこのような形に辿り着いたとのことです。
―この活動では、ひきこもりのことをずっとされているんですか?
(大隅)
この女子会は2ヶ月に1度で、
「特別支援に関する教材の勉強会」や
「ホッとタイムしゃべり場」という
異業種の人とテーマを決めて語り合う場を設けています。
他には、「関係支援学習会」という周りの子供を巻き込みながら、
卒業後も地域の中で生きていけるような支援の形を考える企画も
継続的にやっています。
マンツーマンで行う特別支援教育とは異なるアプローチです。
―「しゃべり場」は、これまでどういうテーマを設定して開催されて来たのでしょうか?
(大隅)
過去には、就学前の子供の保護者が不安に思っていることを語り、
大学の先生にアドバイスして頂いたことがあります。
他には、テーマを特に決めずに悩みのある先生が集まって、
お茶を飲みながらグダグダ話をするとか。
次回は、「連携」というテーマで、事業所さんと保護者の皆さんで語り合う予定です。
―ここに集まるのは、特別支援教育の関係者が多いんですか?
(大隅)
いえ、いろいろです。
「しゃべり場」については、その時のテーマで変わります。
ところで、大隅さんはネットを使って、
積極的に広報されてます。▼(宝塚発達心理ラボWEBサイト)
https://www.takarazuka-lab.org
http://ameblo.jp/takarazuka0797/
大隅さんが毎日更新されています。
喋るよりは書く方が自分を表現できるし、書くのが苦でないとのこと。
スペシャルオリンピックス(以下、SO)※
※SOは、知的障害者がスポーツでの経験を通して人生に彩りを添えられるような活動の場を
提供している国際的なスポーツ組織です。
このSOを通じて、私は大隅さんとご縁を頂きました。
SO日本・兵庫・宝塚プログラムの広報委員長に
私が指名され、承りました。
大隅さんは宝塚プログラムの卓球のコーチ。
もともと部活顧問を普通校、支援校を通じて
長くされていて、廃部寸前の部が
県大会に出たくらいが実績と苦笑されましたが、
これは人数がキチンと揃っている部で勝ち進むより
難しいと思います。
今は自分の学校の教え子が
SOに入ってきてくれて、
繋がっていっているそうです。
SOに関わったきっかけは
神戸プログラムのコーチに
スポーツ店で20年ぶりにばったり出会って、
SOへのラブコールを受けたこと。
その出会いにより話が一気に進んだそうです。
既に関心があったことになります。
支援学校は卒業する18歳までは
すごく手厚いが、卒業すると、
家族に任されるところがある。
その結果、運動不足で肥満になる。
地域に友達がいなくて、
家族とだけ過ごす子がたくさんいる。
このような課題に対して、
『生き甲斐支援』が絶対いると思い、
で、その一つにSOはなれると感じたそうです。
ここで私は率直に疑問をぶつけてみました。
―今おっしゃった18歳まで手厚いことは
いい点だと評価できると思います。
他方で、特別支援教育という枠組みの課題かも知れませんが、
在学中の支援が手厚いことで、卒業後、
社会に適応しにくくなるというようなところはないのでしょうか?
(大隅)
手厚いことは問題ではなくて、
他がなさ過ぎることの方が問題です。
今でこそ放課後等デイサービス※
が充実していますけど、
長期の休みは親が全て見ていた時代もありました。
※放課後等デイサービス:
障害のあるお子さんや
発達に特性のあるお子さんのための
福祉サービス。
6歳から18歳までの
就学年齢のお子さんが通うことができます。
児童発達支援管理責任者が作成する
個別支援計画に基づいて、
自立支援と日常生活の充実のための活動などを行います。
とはいえ、放課後等デイサービスもどんなに長くても二十歳で終わる。
でも、その後の人生の方が長い・・・。
支援学校卒業後の『生き甲斐支援』が必要で、その役割をSOが果たせる
と感じたからこそ大隅さんは参画されています。
―卒業後に家庭に子供の全てが任されてしまうのが課題とのこと。
では、先進的な形という普通校の中に支援校の教室がある形態で
地域の子供達と交流できるのは一つの理想形なのでしょうか?
(大隅)
通っている生徒が学校のある地域の子供だけではないので
在学中は高校生活を楽しめても、卒業してしまうと同じ。
卒業後それぞれの地域でどこまで繋がりを作れるかは・・・。
となると、どういう仕組みができると理想的なのか。
―普通校と同じように支援校が広くあまねく存在した方がいい
というお考えですか?
(大隅)
どこの高校でも卒業すれば、ばらばらになるのは同じです。
ただ、普通の高校生は次の場所を自分で開拓する力があります。
だから、次の居場所を見つけてまた活躍できます。
でも、その部分へのサポートが必要な子供達は
受け入れる場所がなかったら、行き場がなくなります。
遊びに行けたり、受け入れたりできる場所として、
SOがあってもいいかなと。
―新たに開拓する力が弱く、サポートが必要なので
そういう場が必要なんですね。
支援学校の子供に限らず、卒業後の生活の中心になるのは、
「地域」だと思います。その地域でSOに限らず、
サポートできる場が何かあれば、いいということですよね?
(大隅)
お稽古事とか何でもいいんです。
そこで受け入れてもらえて、人間関係が長く続く場があればいい。
でも、習い事等では、受け入れてもらうのが現状難しい。
で、スポーツという枠でそういう場があればすごくいいです。
SOのように、頑張れば大きな大会に繋がっているというのは励みになると思います。
―大隅さんはこのように生徒達の卒業後の生活に
思いを寄せていらっしゃいます。
これは大隅さん特有のものなのか、それとも特別支援学校の先生方が普通校に比べて
生徒への思いの強い方が多い傾向にあるのでしょうか?
(大隅)
高校3年生を担当すると、卒業後に
自然と目が向くのでそれが大きいです。
例えば、同窓会に出席できる卒業生は少数派という現実を知る。
つまり、親のサポート力が子供の生活の質と連動してしまっています。
たくさんの課題がある中で、親もホッとできて、子供ものびのびできる場があったらな、と。
その中で、自分に何ができるか、と思った時に必要とされるのならば、
と、コーチとしてSOに参画されています。
ただ、SOは高齢のボランティアが支えている団体。私自身この度、急に関わる事になりましたが、
こうなるまでSOの存在を恥ずかしながら全く知りませんでした。
大隅さんはSOの課題を3つ指摘されました。
(大隅)
1.「スタッフやアスリートの高齢化」
定年退職して、60代でボランティアを始める方が多い。
10年経って70代、更に歳を重ねていって、
スタッフとして今ほどの活躍を皆さんできるのか。
また、若いアスリート(選手)も必要。
18で入ってきた子も10年経ち、その過程で
仲間の輪ができていくのはいいことだが、反面、新たな子はその輪に入りにくくなる。
2.「知名度の低さ」
支援学校の中にも知らない先生が多いので、もっと有名になってもいい。
3.「競技の運営方法」
知的障害者のための団体なのに、通常のスポーツと同じようにやっている。
例えば、試合でもマイクのコールだけで呼び出す。
声だけを聞き取って、自分がコートに出るのが難しかったりもする。
つまり、障害特性に合わせた運営がなされていない
ということです。
自分も含めて教え方にももう少し工夫が必要です。
どうしても言葉でバァーっと言っちゃう面があります。
ご職業の特別支援教育を軸に、臨床心理士資格を活かしたひきこもりの方の支援、
そして、支援学校卒業後の居場所の一つである、知的障害者のスポーツ活動SOのコーチと
多方面に渡り、大隅さんはご活躍です。
私とのご縁を繋いでくれたのがSOなので、SOの割とマニアックな話をこういう活動があると
知って頂きたいので掲載します。
なぜ、私にそのような話が持ち込まれたかよく分かる内容です。
「チャレンジドを応援することで世の中を暮らしやすく」
という私の活動理念に合致するので、SOの役を私は引き受けました。
おっしゃったSOの課題の一つ目、「高齢化」について言うと、
宝塚地域の運営委員に加わった際、私が最年少だったのはまぁ仕方ないでしょう。
土日の活動が主なので若い世代や子育て中の人の参画は難しい。
大隅さんは夫が優しいからできているとおっしゃっています。
二つ目の「知名度の低さ」について、
支援学校で働く中で、大隅さん自身当然広報されているが、
影響を及ぼせる範囲は自分の学年くらいで限定的。
私自身、広報委員長を拝命したのでハードルを上げてしまいますが、
ここまで知名度が低いのは、組織としての
広報の仕方がかなりまずいと思います。
(大隅)
個人情報に敏感な世代の方と
どんどん発信していこうという若い世代との間で
SNSの活用の仕方に温度差を感じます。
―コーチをされていて、アスリートが競技を通して
「成長しているなぁ」という手応えはあるそうですね?
(大隅)
仕事が終わってから駆けつけてくる姿を見て、「偉いな」と思うし、
同じチームで練習に来ているその先輩達の姿を高校生達が見て、
「あんな風になりたいな」と。すごくいいモデルになっていて、
学校で100語るより、1人を見てもらう方が心に響いていると思います。
これも課題ですが、アスリートのファミリーに支えられて
プログラムが成立しているので、親に何かあると競技が続けられなくなります。
結局、試合の時も車や電車でファミリーが連れて行ったりされています。
場所の確保も保護者頼りです。
知的障害にも程度がある中で、社会人として働いているアスリートもいる。
アスリートが練習に集中できるようにスタッフがバックアップするのが最優先としても、
異なる種類の障害者として私が思うところを伝えました。
―場所を取ることもアスリート自らができるような運営にチャレンジできないでしょうか?
そうすれば、責任が増して、アスリート自身の成長に繋がるか、と。
この考えは現実的ではないのでしょうか?
(大隅)
アスリート自身がする?
どうかな。できるかな・・・。
できる子もいるだろうけど、ちょっと分からないです。
―親にアクシデントがあった場合に競技を続けられないという話がありました。
アクシデント自体はSO抜きで人生の中で必ず起こることです。
「親亡きあとの問題」として(特に障害のある)子供のいる家庭に共通する課題です。
つまり、人生全般に影響する大きな話ですよね。何をするにも先立つものが必要ですから、
そこの負担が軽減されたらいいなと思います。
あるがままの人生に寄り添いたい
最後に、今後実現していきたいことや思いなどについて。
どんな状態であれ、「その人がその人であれば大丈夫」
という社会であればいいと言う思いがあるそうです。
(大隅)
「働いているから偉い」
「○○できるから偉い」ではでなく、
「そこにいてくれることに価値がある」
という思いが皆の中に育つような社会なら、
皆もっと楽に生きられると思います。
―そのために「宝塚発達心理ラボ」のような活動を
積極的に続けていかれますか?
(大隅)
例えば、主催している「ひきこもり女子会」には、
遠方からの参加もあります。ずっとうつむきがちで
顔を上げなかったような方が続けて参加されているうちに、
どんどん顔が上がり、笑顔も見せてくれるようになります。
2ヶ月に1回の活動ですが、イベントに来てくださって、
元気になっていかれる姿を見ると、本当に「やっていて良かったな」と思います。
ひきこもりの女性が集う場所がほぼないため、府県を越えて3時間近くかけてでもいらっしゃいます。
これを関西圏で継続的にやっているのは、京都と宝塚くらいです。
(注:インタビュー当時。現在は各地で開催されてきています。)
宝塚市立東公民館で開催しています。
会との相性はあるので、1回きりの方も
勿論いらっしゃいますがそれはそれでいい。
必要としてくれる方が1人でもいる限り、続けていきます。
―会の雰囲気はどのような感じでしょうか?
(大隅)
前半は心理学のワークをしたり、
何か一緒に小物を作ったりしています。
後半は、お菓子を食べながらおしゃべりしています。
お菓子を食べて、喋っているだけですけど、
家にずっといると普通に喋るって事がないですよね。
―そうですね。
(大隅)
全員でしんどい思いを共有できます。
喋ったことはその場で収めるルールなので、安心して自分が出せると思います。
元気になっていかれるのはお金では換えがたいと会場費のみで運営されています。
運営側の皆さんは色々勉強してきた経歴のある方々で、
自分の有する知識やスキルでそれを実際に必要とされている方の
お役に立てるのは大きなやり甲斐なのだろうと感じました。