実施日:2021年11月1日@facebookLIVE

バリアフリーチャレンジの活動は、新たなチャレンジの連続でした。
今後もこのスタンスは変えません。というこで、5回くらいゲストとして呼ばれて出演させて頂く機会はあった
ネットを使った生放送番組を新たなチャレンジとして主催しました。ゲストに対してホストになると、
操作や進行面で注意を要する部分が出てきます。特に初めての場合慣れていないのでてこずり、冒頭で私がしばらく画面から消え、
沈黙という「放送事故」を起こしてしまいました。これ自体はエラーですが、学びとして今後に活かしていきます。
さて、普段の対談記事では、臨場感を重視しているので基本的にカットしないのですが、
今回の放送の記事化にあたっては、伝えたかった内容に整えることを重視しています。
ですので、トーク内容の一部に修正を加えています。
リアルタイムにはこうしたやり直しがきかない臨場感があります。
今後もライブ配信を定期的にしていくので、その際は是非ご覧ください。


島本)

定刻になりましたので
LIVE配信「バリアフリーチャレンジ未来」
活動のこれからについてを中心に30分ほどで、
最初の10分ぐらいで これまでの歩みについて振り返りつつ
今の状況後半で今後について考えていることを話していきたいと思います。
Facebooでk ご覧になっている皆様はコメント欄にコメントや質問 意見などを
書いて頂けたら本編終了後に時間を取って それを拾って答えますので
奮って書いていただきたいです。
また、リアクションのボタンを押していただいたら
それを 今日は私と対談の形式でゲストに
メンバーの小山さんを迎えます。
また、画面には出てこないですけど
同じくメンバーのりょう育ママがサポートに入っているので、
随時それを拾って反映していけば、リアルタイムで双方向で
コミュニケーションがとれていいかなと思います。
小山由美さんと対談形式でやっていきますので小山さんよろしくお願いします。

ゲストのNPO法人Gift代表 小山真由美さん

(小山)
こんばんは。
Giftの小山 です よろしくお願いします。

(島本)
どうも。よろしくお願いいたします。
私にとって 今日11月1日は ちょっと特別な日なんですけど
小山さんにとっても 今年は
結構 特別な日だと伺っています。

(小山)
そうですね 。

島本の印象

(島本)
まず最初に簡単に 小山 さんから見た私はどういう感じの人か
ということを教えてもらえますか?

(小山)
分かりました。島本さんとは私がまだGiftを始める前に
「働くこと考えよう プロジェクト」っていうのを立ち上げていて、
お互い同じ経営塾に入っていて、

その塾の主宰の方が 私に島本さんさんを紹介してくださって
同じようなあの思いで 団体を立ち上げた者同士、塾内の他の皆さんは
〇〇士とかっていう士業の方が多かった中、私たち二人だけが自分の自分たちの思いで
団体を立ち上げていて何かそこで それぞれ 思いの共有をさせて頂いたのか
確か6,7年前になると思います。
島本さん自身が21年前の11月1日 に障害者としての人生を再スタートさせて
そこから 障害を持った人でも生きやすい社会、
障害を持っている人が生きやすければ他の人たちもきっと 生きやすい社会になるだろう
っていうふうなお話をされてたのを 一番最初に聞いたのがすご 印象に残っていて
なんかすごい熱い人だなって印象がありました。
そこからそうですね 私は東京に住んでいたので
島本さんに 直接お会いできるのは その後 3年ぐらいしてからでした。
その頃からの 長いご縁という感じです。

(島本)
予想以上に喋りましたね。

(小山)
そうですね。喋り出すと止まらないかもしれない。

(島本)
そんな長いご縁があり
お互いにお互いの活動を
応援し合っている仲間であり
バリアフリーチャレンジの活動でもご一緒させていただいて
私は小山さんがGift で現在事業として展開されているF,lab(エフラボ)という講座 に参加していて
活動がうまくいくように学びを深めているというところです。

(小山)
島本さんはF ,lab受講者の中で一番楽しみにしてくれているというか、
始まる前から熱いエールを送ってくださって、もちろん第1期の一番目に
申し込んで 下さいました。
ギフトとしては
、 島本さんの活動バリアフリーチャレンジには
F,lab の前からずっといろんな形で関わらせていただいてるんですけれど、
島本さんがいつも熱く語っているのが印象的です。
Giftのメンバーも結構 熱いんですけど、同じくらい熱い感じがします。

(島本)
一旦 話を回収させてもらいます。
私がやってきたバリアフリーチャレンジ
という活動について今小山さんから熱いという評価をいただきました。

バリアフリーチャレンジの歴史①

私は21年前の11月1日 今日 今日の日付に
脳出血で倒れて身体障害者になりました。
そこから全く別の人生が始まり、
その中で なかなか自分が感じていることと
周囲からの反応がかけ離れているという感覚がありました
もっとちゃんと障害について知って欲しい。このギャップを埋めたい
という思いがあり、それを事者として 発信して私の発信によって
障害者が
暮らしやすくなったらいいなということで活動を始めました。
本当はこういう風に思っています

ということについて「話をさせてください」と小学校などに
もう片っ端から営業しに行く。最初の方はとにかく
「障害についての世間の見方を変えてやる!」
と若かった こともあって尖ってたんですけど
知らない」を「知っている」に変えて、そこで何か感じてもらって
一緒に考えることで意識の変化を起こせれば、
一緒に行動して
変えていけることがあるという思いでやっていきました。
ただ、やっていく中で障害と言っても私と同じ病気で同様の障害がある方でも
障害の軽重や感じ方には違いがある。その差によって生活の仕方も全く違うし
同じ 障害ですらそうなのに例えば今チームメンバーに聞こえにくい あるいは
全く聞こえないっていう方もいらっしゃいますけど、
障害の種類が違うということになると
どういうことを感じているのか
私が感じたような世間との距離感はどうなのか等全く分からない。

そこに私自身が関心を持って当事者に直接話を伺う
と いうことを集中的にしていた時期があります。
この当事者との対話は今も私の主要な活動の一つです。

バリアフリーチャレンジの歴史②

その方々とのつながりができてきた後、 私は取得していた行政書士資格を使って
独立開業して仕事を始めました。
ただ、なかなか食べていくまでは至りませんでした。
熟慮の末に、企業に入り直す選択をして、現在の勤務先に再就職しました。

組織で働くとなると、この 活動に投入できる時間が少なくなるので
繋がった人とチームを作って一緒になって発信していこうと考えました。
そうすることで私以外のいろんな人の存在が
知られるようになるし、
私は仕事と活動を 両立できるという一石二鳥を狙ったのが

今のチームで発信する形で活動としての第二段階になります。
それで仕組みをつくって、週に一回チームの誰かが何らかの情報発信をしていました。
しかし、この仕組みを中心で動かすのは当然私でそこにかかる労力が相当大きく
思ってたより一石二鳥にならないという検証結果が出たため、
現在活動のUpdateに着手しているところです。

活動のこれから

チームメンバーがより結束することで私が強く関与しなくても
よりチームとしての目標を明確にして成果を高めたり、

独自に動けるようにチーム力を強くしていきたい
と思っています。なおかつチームのメンバーの活動を
自然に応援し合えるチームを作っていきたいと構想を具体化しているところです。
チームの形はそんな感じ なんですけど、その先に思い描いているものが

再定義したバリアフリーチャレンジのVISION

活動として、 バリアフリーチャレンジ
「バリアフリー」と言ってきました。
これは言葉としてキャッチ―なので捨てるつもりはないです。
使って行くんですけど
今ビジョンとして 思い描いているのは
ボーダーレス」です。
境界ですね。障害で言うと、
障害があると障害者

なければ健常者として捉えますけど、
健常者がみんな 本当に健康なのか
って言うとそんなわけもなく、逆もまたしかり。
そこはバシッっと分かれるわけではないので
柔らかい感じで境界が
ぼんやりして混じり合っていく
イメージの社会になればいいなと思っています。

ただ現状私たちのチームには障害に関わる人たちが多い。
障害者本人や障害者を支援する人あるいは、障害のある人の家族
という人がメンバーに多くいるので
まずは障害の枠で類似性がある人
たちが感じていることや
その存在を知らせていく ことでこういう世界があります
っていうことをそのカテゴリーにいない人にに
知らせて
その間にある境界を曖昧にしていく。

表現することによって混じり合うための手段にしたい
考えています。ただ、それを同じチームの中でも
強くやっていきたいと思っている人から
そうでもない人
までいるし、そもそもいろんな考え方があります。

今私が言った 考え方も全ての人が同じ強さで
共有をしている訳ではありません。
そこを許容するチームに私はしたい。
私がリーダーを務めているから私の考えを持って
という ことはない。皆さん 独自の考えがあり、
思想の自由があるので押しつけることはしない。
とはいえ、チームとしてベースとなる共通認識は揃えないといけない
そこに色合いが私のように強い人がいたり、逆に淡い人もいるという
「グラデーション」がある。
それが社会 なんじゃないかなという風に思っています。

そういう部分もチームとして体現しながら どんどん発信していって
チームを広げていくような感じで活動したいと今は思っています。

(小山)
なんか私は島本さんが一人で講演活動をしていたりとか YouTube 配信をしたり
インタビュー 記事を書いていた頃からずっと見ていて最初の頃は、
やっぱり 島本さんの 個が立っていて 島本さんがあるバリアフリーチャレンジ
を背負っていて、島本さんの想いで孤軍奮闘されている状態で、そこからライターチームをつくる
という話を聞いて
私もチームに参加させて頂いたんですけどもやっぱり連載記事に昨年取り組んで
みんなが一つのテーマに沿って 書くっていうところですごくいい いい感じに繋がっていたな
っていうふうに思ったんですけども 、皆さんすごくいろんな個性がある中で記事が書かれていて
島本さん自身も新しい次の第3のステージへチームとしてさらにバージョンアップした状態で
チャレンジして発信されていく っていう決断をされたのかなーっていう 島本さん自身の移り変わりを
お話を聞きながら感じていました。
バリアフリー から なんか ボーダーレスな社会へっていう風に
おっしゃっていて
そこのところがなんかうまく多様なライター チームから発信されていくと

すごくいいなーって思いました。

島本さん自身に書いてもらいたいという根強いファンとかも
まだいるんじゃないかなと思うんですけど、バリアフリーチャレンジの
ライター チームとしてどんな感じの記事が書けたらいいな
とかってイメージとかありますか ?こんな感じになってたらいいな みたいな

例えば、 2年後とかに  ライター チームでこのバリアフリーチャレンジに
 どんな風な変化が起こってきているとワクワクするのかなーっていうのを聞きたいなと。

(島本)
それぞれのメンバーが
他のメンバーの記事なり 、これからは記事にこだわらず
動画をやりたい人は動画をやればいいしピアノが得意なメンバーもいますのでそういう表現もいいし。
とにかくクリエイティブな創作によって私たちは表現していきます。
質問の回答は、各々の表現が影響し合って 
あの人の表現によって 私は変わったみたいに
それに応えるようにまた別の表現が出てくるような
循環が起こってきたら、面白いと思います。

(小山)
前に ミーティングの時になんか
 一つに楽団?それぞれが奏でる 発信するものがなっていく
みたいなイメージが
島本さんにあってなんかそれが 今 ピアノだったり
動画だったりっておっしゃってたので書くっていうことだけにとらわれずに
何か色んな形で出されるんだろうなって思って聞いてたんですけど
確かにそういう多彩な人たちが集まって影響し合っていくと
そこに新しい新しい社会生まれてくるのかな
感じました。
サポートのりょう育ママがチャットを使って実況中継によって
視聴者数を
教えてくださってるんですけどちょっと前の段階で 6名の方が見てくださってて
瞬間的に8名になったり してますとのことです。
10名弱の方が見ていただいているのかな
という感じなんですけど
遅い時間にありがとうございます!

(小山)
笑。ライブ配信の時間っていつにするのがベストなのかなかなか難しいですよね

(島本)
「何時にして」とか リクエストがあれば コメントに書いてもらえると

今リアルタイムで流れてますけどこの放送は後に残るので後から見ることも可能です

(小山)
便利ですよね。

(島本)
りょう育ママ コメントは頂いていますか?

(りょう育ママ)
今のところ コメントは何も入っておりません。

(島本)
この後コメントを拾いますけど

全て匿名で扱いますので名前を読み上げることはしません。
何か気になることや聞いてみたいこと
リクエスト があれば
この機会に是非お伝え頂ければありがたいです。

(小山)
せっかく生で聞ける機会ですからね。

(島本)
今回でやり方を覚えたので
一時期短期間で一人で何百本か動画をUPした瞬発力があるので
ライブ配信を今後ハイペースでやるかもしれません。
Giftの荒川さんは
一人で結構長時間語るから凄いな
と思ってみています。

(小山)
そうですね。30分で終わりますと言って話がなかなか終わらない

結構ねライブ配信は時間管理が難しいですよね。
まだまだあると思って喋ってるとなんか気が付いたら時間 過ぎてたりする

(島本)
僕はまだまだあるとは思ってなくて、
ずっと時計もにらみつつ今もあと1分半切った
と思ってます(笑)。

(小山)
そうですね。
なんか 去年 11月1日 に島本 さんのイベントに参加させて頂いて

(島本)
成人式と銘打って
私が倒れて 障害者になって20周年ということで
祝ってしまおうという企画をしました。
コロナの期間では
あったんですけど対面で
すごくいい イベントになりました。

(小山)
すごく良かったですね。

(島本)
これからの表現においても
動画 や記事 に限らず
そういう対面の形も含めて考えています。
そろそろ締めます。
先ほども言いましたがこのライブ配信の
やり方を覚えました。
この後、小山さんのように
実物は出てこないですけど
こういう イラストが出てくる
顔は出せないという設定でして
出ていいというメンバーに出てきてもらって
喋るとこういう人なんやなぁ
という感じで紹介できればいいなと思っています。

顔出しNGのため、このようなイラストで画面に登場する サポートに入ってくれたメンバーのりょう育ママ

(りょう育ママ)
はい。ちょうど ご質問が来たのでチャットに

入れてますので ご質問の回答をお願いいたします。
(島本)
質問を読み上げます。障害について話をされてきたと思います。
福祉的な面で変わったことはありますか?

(島本)
福祉的な面で変わったことがあったか。
話をしたことによって

それが影響を与えて
市の条例が変わったとかっていうような大きな変化はないですが
身近なレベルでいうとその周りの人の行動が変わったというのはあります。
質問されてる方の言う福祉とはちょっとズレるかもですが、
これも大きく捉えれば水福祉だと思います。
変化 っていうのは やっぱり自分の生活圏で
自分が動くと結構変わるという実感が僕にはあります。
次いただいている質問が昨年どういうことをされたか?
というのは、先ほど申し上げた通り
成人式という対面でのイベントですね。

(小山)
去年 の 島本さんが主催された成人式は
まさにこれからやろうとしていることの 縮図的な感じで
演奏があったりとかいろんな方が
来てくださってたりとかね
あったかい、いいベントだったなって思います。

(島本)
私自身は未婚ですけど 友達の結婚式に参列した時を思い出して

自分が結婚式を挙げたらしたらこんな感じなのかな
という感覚になりました。


(小山)

今ライブ配信を どうやって閉じて行こうかとやっております。
なんか去年の成人式から 早くも一年が過ぎてこの11月1日に
また一緒にライブ配信ができたのは、
すごく良かったなーって思っています。

11月1日いうのは日付を私個人はもちろん覚えてはいるんですけど
倒れた年の11月1日の記憶は意識不明だったのでありません。
他方で周りの人は鮮明に覚えているようで
あ「あの日はこうだったな」というメッセージを
頂きます。

(小山)
去年成人式に来てくださっていた当時の職場の上司の方のお話を聞いて
その時は本当に「どうなることか 」って皆さん 思ったとこでしょうが
どこうして元気に活動もされていて本当に
すごいな思います。
まさに新しい人生を生きてはるっていう感じがします。

(島本)
時間が押してますけど質問を新たに頂いたようです。
(りょう育ママ)
質問私の方で読み上げましょうか?

(島本)
はい。りょう育ママお願いします。

(りょう育ママ)
質問①チームとして活動にするにあたって 島本さんは 課題など見えていますか?

(島本)
はい。現在課題かなと思っているのが
チームで 共通のベースとなる意識は持ちたいと思っています。
れはこの配信内で私が話した価値に対する共感です。
ただ、そこに向かっていく熱は、メンバー固有の生活もありますし
なかなか同じように活動に時間をかけるというのは難しいです。
そこの温度差をどうやって揃えて
チーム力を最大化するかが課題です。

(りょう育ママ)

はい、 ありがとうございます 。もう一つ質問が来ています。
質問②この活動を通して内面で変わったと感じることがあれば参考にしたいです。

(島本)
ありがとうございます。
内面か…そうですね。
この活動をしているからこそ私は小山さんもそうですし、
りょう育ママもそうですし、多分再就職で
社会復帰しているだけでは
出会えなかった方面の方々と知り合いになれて
こうしてコミュニケーションをとれています。
色んな考え方の人と出会い、人として視野が広くなったと思うし
いろんな考え方の人がいると肌で感じられて
優しくなったと思います。

(小山&島本)

(小山)
なるほどね。そっか でも前の島本さんを知らないので
そういう風な変化があったんだって今なんか聞いてて ちょっと驚きですね。

(島本
障害の影響があるんですけど

脳の手術してるので先ほど 登場したの上司の方によると、
一時期島本はちょっとMADになってたと言われたこともある

(小山)
へぇ。そういう変化が。

(島本)
本編終了艇から10分経過したので
さすがにこれ以上視聴者の方
をおつきあいさせられません。
見逃した方は、
Facebook で「バリアフリーチャレンジ」で
検索していただくと
Facebook ページがあります。
そちらにこの放送が残ったら
そちらを再生していただければと思いますし
私たちが情報発信していホームページも是非ご覧ください。
りょう育ママがコメント欄にリンクを貼ってくれていると思います。
コメント欄に貼って会ってくれてますよね?(笑)

(りょう育ママ)
今から貼ります。

(小山)
色々お話できてよかったです。
ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

(島本)
お願いします。
ここまでお付き合い頂いた視聴者の皆様ありがとうございました。

また次 近いうちにお会いしましょう。では、配信を終わります。
(島本&小山)
おやすみなさい。

投稿者プロフィール

島本 昌浩
島本 昌浩
バリアフリーチャレンジ!代表
challenged-view編集長