声掛けや家の人に通報するなどソフト面での対応力を高めるには、常日頃からのご近所付き合いから、コミュニティを形成して情報共有をしていくのが有効

2025年に団塊の世代が75歳に達する年、
75歳以上の後期高齢者が18%、65歳以上を含めた高齢者の割合が30%を超える。

高齢化に伴う諸課題への取り組みが急がれています。
いわゆる「2025年問題」です。

「5人に1人が認知症」になるという推計もあります。

認知症の最大のリスク要因は加齢です。

つまり、医療の領域で、認知症の治療法や予防法が確立されない限り、
認知症患者はますます増え、認知症への対応が大きく問われてきます。

このブログではチャレンジド(障害者)に関わる情報発信をしています。

高齢者と障害者は周りの関わり方の部分で共通項があるので、

本稿では認知症の高齢者への関与について考えます。

ハードとソフトを組み合わせる

介護福祉士をしている友人の話では「徘徊」が現場でもっとも負担になることの一つのようです。

閉じ込めの批判もありますが入所施設においてはハード面で、暗証番号を入力しないと徘徊防止用のロックが解除
されないという運用がなされているようです。

それでも、帰宅願望の強い人はそこをすり抜けるそうです。
これが在宅となると、施設ほどハードにお金が掛けられないので
行方不明のような事案が発生します。

GPSを活用するなど、技術が日々進化してもハードで全てを補うことは難しく
ソフト面との組み合わせが課題となります。
「心のバリアフリー」という言葉を耳に
されると思います。

いわゆる社会的弱者との間に存在する意識の壁をなくしていこう、ということです。
私のような若い肢体不自由の身体障害者は、地域でかなり目立ちます。

一方、認知症の人は一見してそうだ、と判断するのは困難です。
誰も、何も、手が打てないということになります。
声掛けや家の人に通報するなどソフト面での
対応力を高めるには、常日頃からのご近所付き合いによって、コミュニティを形成して情報共有をしていくのが有効だと思います。
その上で、近所でおかしな様子の高齢者がいれば声をかけてみる、
 隣近所の方とは、日頃から最低限挨拶くらいは交わし、

近くに高齢者がいればちょっと気を付けて見守るようにする、というようなことから始める。

これがが遠回りのようで有効だと思います。

無論、プライバシーの問題がありますし、コミュニティの消失が言われる昨今、
「そんなことができるのか?」という懐疑的な声はあるでしょう。

しかし、放置する訳にはいきません。
プライバシーを強調される方達には建設的に対案を出して頂きたいです。
できないだろうではなく、可能性のあることはしていくべき状況です。
基本的な姿勢として「皆さん少しだけお節介になりませんか?」
というのが今回の私からの提案です。

「心のバリアフリー」の実践例を紹介します。
認知症への対応ではありませんが、
内部障害のあるサポーター様から寄せられた話です。

私は視覚障害者に対してお節介と思われるかもしれないことをしています。

駅のホームで乗車口でない所を
白杖で探している風景をよく見かけます。

心配なので、私からまず声を掛け、
必ず体に触れて良いですか?と聞きます。

男の人や女の年配者の扱いは比較的スムーズに行きます。

若い女の人は話をしながら案内します。

時には行き先を聞いて安心してゆける所まで、
案内する事も時間があればします。
割合と東京のような人の多い所では無関心な人も多く、
補助した人には喜ばれますが、果たしてこれで良いかは分かりません。
私は困った人を助けるように、と教育されてきた世代です。

我々は自然に出来ますが、「余計な事を」と思っている人もいるかも知れませんね。
話をする中で、「私も違う種類の障害者です」と言い添えます。

安心してもらうための工夫です。

いかがでしょうか?

こういうことの積み重ねが世の中を変えると、私は信じます。

認知症、視覚障害に限らず、困っている様子の人に一声かける。

それが自然な世の中に私は暮らしたいです。