「人が集まれば何らかの境界が存在するのは不可避」
そこといかに折り合いをつけて、少しでも境界を小さくできるか
よって、「NOボーダー」でなく「ボーダーレス」
人と人との境界を小さくする企画です。
<聞き手:島本昌浩>
実施日:2021年12月7日

 

言語聴覚士(ST)の仕事

―ご職業にされてきた言語聴覚士は、
普通に生活していると一般の方には
あまり馴染みがないので、
仕事内容について
教えて頂けますか?

西村:小児と成人に分野が大別されます。
また、聴覚と吃音という区分もあります。
多くの人は、成人の脳卒中や進行性のパーキンソン病、
最近だと認知症の方に関わるケースが多いです。

―「話す」ということに、ハードルがある方を
支援する医療専門職ということでしょうか?

西村:「食べる」機能の低下で誤嚥性肺炎を防ぐ
誤嚥性肺炎になった後に
再度口から食べるためのリハビリ等
摂食嚥下に関わる人が多いです。

ー私自身脳卒中当事者ですが、脳卒中で言語機能に障害のある人をサポートする
ということでしたが、近年肺炎が原因で亡くなる方が増えている
という背景があってのことでしょうか?

西村:誤嚥性肺炎そのものが死因になるからというよりは、
なった後のADL(日常生活動作)
が低下するということで問題になっています。
高齢化が進んでどうしてもそこがクローズアップされる。

ー失語症と以前のインタビュー(これ以前に一度島本が西村さんから取材されたことがある)
で話題になった、私にも関係する高次脳機能障害の方をサポートする活動に注力されていますね?

西村:病院勤務時代は、嚥下障害のリハもしていたが、
私は失語症や高次脳機能障害のリハがしたいと思って病院を辞めたので。

モチベーションの源泉

ーそこをやりたいと思ったのは、なぜですか?

西村:やる人が少ないから。

―そこで苦労されている人がいるのに、
やる人が少ないから、自分が救世主に、みたいな?

西村:(笑)使命感はありますね。
本当はもっと良くなる人がたくさんいるのにと強く思いますね。

そういう人をこれまで多く見てきたのでね。
高次脳機能障害を知っている人自体少ないですよね。

―身近に当事者がいないと、知ることはなかなかないでしょうね。
私の場合は、高次脳機能障害の診断は受けていませんが、
「あるかもしれない」と発病直後に言われていて、
それが時を経て少し課題になってきました。

高次脳機能障害が強く出ている方とお話する機会もありましたが、
同じく脳に損傷を受けた
場合であっても後遺症には
このようにグラデーションがあります。
西村さんはそういう人達に「オンラインリハビリ

をされているとのこと。
これはコロナだからでしょうか?

西村:コロナ前から、言語なのでオンラインでできると思ってました。
脳卒中の方はまひで肢体不自由の場合も多いので、リハビリに家族の付き添いが必要
とかそういう制約があって
やりたいけどできないという声も聞いていたので、
2019年からやっています。

―私も入院していた時は同じ病院のリハビリ室に行くだけで簡単でしたが、
いざ退院して家に戻って通院となると、タクシーを使わないと難しく負担を感じました。
そのようなニーズをきちんと把握されてその形を採用されたのですね。

西村:医療保険で通院リハができなくなるという制度上の問題もあります。

―私は当事者寄りの立場、西村さんは支援者の立場から、
共通に見えていること、
違って見えることを考えてみたいです。

当事者と言っても先ほど言ったように
グラデーションがあり病態は様々です。
特に高次脳機能障害について思うのは、私自身に症状は色濃く出てはいませんが、
左側の空間を認識できない症状が出ることがあり、

例えば車いすを動かしていて、左側から人が割り込んでくるような場面ではドキッとします。
そういう「脳の特性」のようなものがあります。
このようなことをいきなり人に言っても
「何それ?」
となると思います。

つまり、車いすの人を街で見かけてこの人の左側から出たら
危ないかもしれないと思っている人はいない。

車いすに乗っているのは分かりやすい見える障害です。
他方でこのような見えない障害を自分が併せ持ったことは良かったと思っています

西村:それはなぜですか?

―現在、私はいろんな方がいるチームで情報発信活動をしています。
そのチームには発達障害の方や

精神障害者保健福祉手帳を取得されている方もいらっしゃいます。
見えない障害が全くないよりはあることで自分がその立場を想像するのに、
少しでも役に立つという実感があるからです

西村:そうですよね。その辺りは私たち支援者の限界で
ピア(同じ立場の人のこと)の方には敵わない。
「なってないからわからないですよね」
と言われることもあります。

―ほんとですか⁉キツイですね。

西村:ハッキリ言う人はいます。
でもその通りなんですよね。

―感情の抑制がしにくいというのも
この障害の特性としてあるようですね。

西村:思ったことを言っちゃうっていうね。
ただ理屈は合ってますよね。

なってないのに分からないのは事実というか
障害があれば言う時はあると思う。

例えば、(半身まひで車いす生活になることが多い)脊髄損傷の方は
高次脳機能障害はないけど、「この思いは分からないじゃないか!」
という思いは持つと思うんです
。明後日学会発表するんですが、
何でもかんでも前頭葉機能の低下じゃなくて、
普通に考えたら、あるやろというのはあります

―我田引水になりますが、健常と障害の差もグラデーションがあるだけで、
「ボーダーレス」に
考えた方が合理的と考えています。
健常の方でも感情の抑制が効きにくくなる時は当然あると思います。
疲れてたり、嫌なことがあってストレスを感じていれば、
それを周りの人にぶつけてしまうこともある。
それを許容できるような環境があればいいなと思います

私はこの身体で生きていて、
「健常者」が多数派の環境で仕事しています。

身体能力や体力は彼らの方がキャパシティがあるので、
受け容れる度量も持っていて配慮して頂けるのはありがたいです。
じゃぁ、私が何もできないのかと言うとできることもある
それを活かして彼らが楽になるようにお返ししたいと思っています。

そうやって境界を「ボーダーレス」にしたいと当事者としては考えています。

西村:そうですよね。誰にでもあると思うんですよね。
高齢になると記憶も曖昧になることも多いし、
特別なことではないと思います

ボーダーレスな社会に向けて

―今回の対話はリアルタイムで聞いていることを基本にして展開しています。
ただ、これだけは聞きたいという内容を
事前に共有させてもらっています。

番組名にしている「ボーダーレス」な社会にしていこうと思った時に、
西村さんの立場でどのようなアクションがとれるかを教えてください。

テンポよく語られたチャーミングな笑顔が印象的な西村紀子さん (写真:中央)文字通り黒子として顔は出さずサポートしてくれた メンバーのりょう育ママ(右上イラスト)

西村:当事者の発信はすごく大事だと思う。
ただ、私が関わっている方にはコミュニケーションに障害がある。

だから、うまくまとめたり、短時間でのプレゼンなどが難しい。
そうすると、一般の人になかなか聞いてもらいにくいと言うところもあり、
それを私が発信できるということと、医療的根拠に基づいて話さないと
身近に感じていない人には聞いてもらいにくい。
第三者が話すことで客観的に見てもらえると思う。
当事者が話すとどうしても自分事が

多くなってしまうが、私はいろんな人を見ているので
俯瞰して話ができると思っています。

ー高次脳機能障害に関して色に例えて言うと、
当事者を黒としてこの障害でない人を白とすれば、
その間のグレーゾーンから両者の架け橋になれる
という感じでしょうか?

西村:そうですね。あと、私が言語聴覚士なので
コミュニケーション障害の当事者がうまく話せ、伝えられるように
能力の底上げをしてご本人が職場での発信力や発言力を高めて欲しいと思っています。

ーありがとうございます。先ほどの西村さんの発言の中で「ピア」という言葉が出ました。
同じ境遇にある仲間を指す言葉ですが、私は同じ疾患の当事者(ピア)として
共有していることがあり、そこに対する感度が高く、当事者とつながりやすいです。
ですので、西村さんが俯瞰できるなら、私は哲学的に言うと

帰納的に情報を集約して「まとめるとこういうことです」
という感じで発信できればいいなと思いました。

人は知らないものは怖いから遠ざけてしまうと思います。
色んなアプローチでそのことについて発信がなされれば、
少しずつボーダーを小さくしていけると思います。

番組的には、白黒はっきりつけずにあまり私個人の思いを打ち出したくないのですが、
それとは逆のところに着地してしまいました。

西村:(笑)

―最後に西村さんから今後について何か告知があればお願いします。

西村:そうですね。もともとNPOでは、当事者の声を発信したり、当事者をつなぐ活動を
オンラインでしてきました。オンラインの強みを活かしていろいろつなげていけたら
と思っています。今は高次脳機能障害と失語症の話しかしてないんですけど、
実は若年性認知症や
発達障害の方とかすごく似ています。
そこを高次脳機能障害という先生方もいるし、分が思うように

脳が働いてくれないという人達の支援をしていけたらと思っています。

映画の話も出ていてゆくゆくはそういう夢ある話もしてみたいと思っています。

―映画を撮るっていうことですか?

西村:私が撮る訳ではないです。

―出る?

西村:女優じゃないんで出ないです。苦笑

―あぁ、監修する立場という感じ?

西村:はい。まだ全然決まってないですけど、
話は出てるのでどちらかと言うと、
深刻にというより、
親しみやすく、
分かりやすく皆さんに伝えたい。

―その際は、是非事例の一つで出してください。

西村:(笑)そうですね。

―これで私も映画の話があるというネタができました。

西村:(笑)あちこちで宣伝してください

―(黒子として番組制作をサポートしてくれていた)りょう育ママから何か
コメントがあれば、お願いします。

りょう育ママ:今日はありがとうございました。言語聴覚士の方とは、
私も療育を通じて何人かお話したことがあるし、相談に乗って頂いた
こともあるんですけど、ピアを大事にしているという西村さんの話を聞いて
やっぱりそこが原点なのかなと言うのが今日の感想です。ありがとうございました。

西村:ありがとうございます。